2014年
1月
03

【かんたん解説】 タイの政治的混乱の原因は?

タイの政治的混乱をできるだけ簡単に解説したいと思います。

1997年7月に起こったアジア通貨危機によって、タイは深刻な経済危機に襲われました。

その後、タイはIMFの管理下に置かれながら、緊縮財政政策などで乗り切りましたが、株価下落、倒産、失業などで農村部都市部の中間層にまで不満が高まりました

その不満をうまく汲み取って2001年の選挙に勝利したのが、タクシン元首相です。タクシン元首相は、警察官僚出身ですが、携帯電話ビジネスなどで成功した実業家で、当時は「経済がわかる実務政権」が売りでした。その方法は、企業家的手法と共に、大衆の要求に直接応えようとするポピュリズム的手法でした。

タクシン氏は、次の2005年選挙で圧勝して再選を果たしました。この圧勝を背景に、抜本的な行政改革に着手しようとした時から、タイの政治紛争がにわかに大きくなり始めました。

この政治紛争をどう評価するかは、立ち位置によって微妙に変わってきますが、思い切って解説していきます。

まずは、少し左翼的になるかもしれませんが、王室擁護派(軍部、官僚など)と議会派(諸政党)の対立という見方です。1932年の若手将校によるクーデターが起こり、絶対君主制から立憲君主制に転換しました。その後、王室擁護派は議会を抑制しようとし、議会派は立法の力を増大させようとします。

戦後の冷戦下では、タイはアメリカ傘下に入り、反共産主義を掲げたため、王室擁護派にとっては有利となりました。議会派は左翼と見なされたということです。

それが、冷戦終了後、タクシン氏が首相となって多数の議員を頼りに(議会派)、行政改革を行おうとします。具体的には、道州制のような地方分権を目指しました。官僚による支配から、政治主導の地方自治にしようとました。しかし、既得権益を持つ軍、官僚、司法当局などから反発されました。

このような対立が底流にありながら、タクシン元首相は以下のような政策を選挙の公約に掲げ、実行しようとしました。

タイの国民の半数は農民です。その農民の支持を取り付けるために「3年の借金返済猶予」「すべての村に100万バーツ(約300万円)を配る村落基金」「30バーツで診療可能な制度の構築」などを約束しました。

その結果、タクシン氏の出身地であるタイ北部を中心に、貧困層農村部に支持が拡大し、タクシン派が勝利しました。(このときにタクシン氏を支持した人たちが赤シャツ隊となる)

しかし、タクシン氏は、自分の党の候補者が敗れた選挙区への予算配分を止めるなどの脅しをちらつかせたため、「強権政治だ」との反発も出てきました。さらに、夢を売るだけで実行に移さない売夢政策が多いと批判され、恩恵を受けられなかった南部を中心とする既得権益を持った都市部の中間層などが反タクシン運動を始めました。(この運動に参加した人たちが黄シャツ隊となる)

その後、タクシン氏の不正疑惑選挙において反対派のボイコット裁判所の選挙無効判決軍のクーデタータクシン氏の亡命、などで政治が今でも不安定になっています。

タクシン派(赤シャツ隊)は、既得権益の打破を唱えており、企業家的発想(地方自治)と共に、弱者救済政策を目指していました。比較的裕福である首都バンコクをはじめとした南部の富を北部へ流したため、「北部の貧困層の生活改善に繋げた」とタクシン派からは支持されています。ですから支持が貧困層農村部となります。(赤は団結と国家を意味する)

反タクシン派(黄シャツ隊)は、その弱者救済がバラマキに映り、「タイ北部のチェンマイ出身のタクシン氏が、自身の私腹を肥やすための政策であり、金銭バラマキによる人気取りのための政策(ポピュリズム政策)であって、こうして金で買われた票による選挙は公正でない」と主張しています。ということで、支持は軍部司法当局官僚マスコミ既存の権力層都市中間層であり、王室護持とも言われています。(黄色は王室護持を表している)

2013年11月にデモが再度始まったきっかけになったのは、タイ国外に亡命中のタクシン元首相を帰国に導くために恩赦法の審議を、妹であるインラック首相が始めたことにあります。

そして、2013年12月にインラック首相が下院を解散しました。総選挙は今年の2月2日までに実施されなければなりません。また報道官は「与党がインラック首相を次期首相に選ぶかわからない」と述べています。

ただ、このような政治紛争の中で、総選挙が本当に実施されるかはわかりません。昨年末には、陸軍司令官が「状況次第ではクーデターも排除しない」という発言をしています。

反政府デモ隊による幹線道路占拠の予告もあります。政府による強制排除をすれば混乱に拍車がかかります。

また、選挙における妨害も予想されます。

タクシン派、反タクシンン派のどちらが勝っても、騒乱必至でしょう。というよりは、野党は選挙をボイコットして、選挙そのものが成立しない可能性が高いと言えます。

以上のように、タイには問題が多々あります。まずは「王室の在り方」「民主主義の考え方」を再構築する必要があるでしょう。この辺は、日本は明治維新以来、実体験をしてきているので、アドバイスができると思います。

また、タイの上座部仏教では富に対して忌み嫌う考えがありますが、今後のタイにとっては発展繁栄の思想が必要になってきます。ASEANの雄であるタイが、これから繁栄していくためには、思想的に富を肯定する考え方を導入しない限り、未来はないでしょう。

経済だけではなく、政治思想宗教などにおいても、日本はタイと更なる友好関係を築く必要があります

日本はタイ、フィリピンなどの国々と連携して、中国の膨張を止める主導的立場に立たねばなりません。まかり間違ってもタイが中国と歩み寄って共存関係にならないように、しっかりと外交戦略を持つべきです。

 

 

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