諫早湾干拓事業について、時々、報道がなされていますが、何が問題になっているのかがよくわからない方も多いと思います。ということで、諫早湾干拓事業の基礎が分かるように、「かんたん解説」をします。んっ?簡単でもないか。とにかく、一読されれば、報道や文献では分からないことを知ることができます。
【有明海・諫早湾の概要】
•諫早湾を含む有明海は面積が約1,700k㎡と東京湾(約1,380k㎡)よりも大きい面積を有している。干潟については日本全体の干潟面積が約630k㎡に対し、有明海だけで40%を超える面積を占め、日本最大規模を誇っていた。
•有明海の生物はエツ、アリアケヒメシラウオ、シロチチブは世界でも有明海以外には存在しない種があり、また、ムツゴロウやワラスボなど国内では有明海以外にはいない種があるなど、希少な生物が多く存在している。
•諫早湾を含む有明海は我が国で最も潮差が大きいことで知られており、その中でも特に湾奥部と諫早湾においては大潮差が5mに達する。これは通常の平屋建て家屋の高さを超える程の高さであり、東京湾の2m、伊勢湾の2.5mと比較しても倍以上となっている。この我が国最大級の干満差により、大量の潟が運ばれた土砂が年間5cm程堆積し、ある程度の高さになると背後地の排水不良等が起こるため、徐々に干拓が進められていった歴史がある。潮流については湾奥部と湾央部では反時計回りの傾向が見られる。
•諫早湾は有明海西側の部分の面積が約75k㎡の長方形の水域で、有明海全体の4.4%を占めている。水深は約10m前後であるが、泥質で塩分濃度と透明度が低く、潮汐と年間水温変化が大きい。
【干拓の歴史】
•諫早湾の干拓の歴史は1300年代の鎌倉時代の文献に記載があり、全国的にも古い干拓記録とされているが、実際に干拓が行われてきたのはさらに遡るのではないかと言われている。以来、昭和39年の「国営諫早干拓」まで3,500haに上る干拓地が造成されてきた。
•古くから諫早湾地域は高潮や河川の氾濫による大きな災害を受けており、平均して数十年に1回は大災害が起こっている。昭和32年の諫早大水害は局地的な集中豪雨(本水害により使われるようになった。)により諫早市だけでも死者・行方不明者630名、罹災者数万名などの未曾有の被害を受けた。
•本地域は、全国的に見て台風の来襲頻度が高く、また、多良岳山系等の山に囲まれる地形的な特性により、湿気を伴った上昇気流が発生しやすく集中豪雨が起こりやすく、たびたび洪水や高潮による大きな被害を受けてきた。年間降水量と90mm以上の大雨日数の平均は東京都に比べて1.5倍から2倍程度となっている。
•また、諫早湾流域の本明川は日本で最も短い1級河川であり、傾斜度が大きいため上流に振った雨水が数10分で中下流域の市街化区域に到達し、一気に流量が増すため「あばれ川」とも呼ばれており、河川の特性だけでも洪水が起こりやすい。
•このように、本地域の諫早湾の高潮(5mの干満差による)や集中豪雨と河川の地形的特性に伴う洪水、常時排水不良等に対して総合的な防災対策を図るうえで、諫早湾干拓事業が必要とされた。
【諫早湾干拓事業の概要】
•諫早湾干拓事業は昭和27年に「長崎大干拓構想」として当時の食糧難を解決する目的で稲作農地を確保するために、諫早湾全体を締め切り巨大な干拓地を作る計画から始まった。その後、予算の抑制や減反政策、環境への配慮により、規模を1/3に縮小して平成11年より「諫早湾干拓事業」が着工した。
•事業目的は次の2点が挙げられている。
①防災機能の強化
高潮・洪水・常時排水等に対する背後低平地の防災機能の強化。
②優良農地の造成
かんがい用水が確保された大規模で平坦な生産性の高い優良農地の造成。
•総事業費は2,533億円、締切面積約3,500ha、造成干拓地面積約942ha、潮受堤防道路延長約8.5km(潮受堤防約7km)、調整池面積約2,600ha(秋田県田沢湖や八郎潟調整池と同規模)となっている。
•調整池は管理水位をマイナス1mとしており、昭和32年の諫早大水害相当の大雨があっても高潮の影響を受けないだけの有効調節容量約7,900万㎥を確保している。
•潮受堤防道路は諫早湾を南北に結ぶ重要な道路となっており、道路事情の改善や地域振興につながっている。
•営農については1区画6haと北海道並の大規模経営が行われており、今後の我が国の攻めの農業のモデル的な地域となりうる。
•諫早湾周辺の低平地では、潮受堤防完成までは数年に1度、何らかの水害が発生していたが、現在は大雨時の排水不良や被害ほとんどなくなり、人命の安全や財産の保全が劇的に図られるようになった。
【干拓事業に対する賛成・反対への考え】
•これまでの有明海の漁業被害は諫早湾干拓事業が主因であるとの報道が大きくされており、それが明確な検証もなく真実のように思われているが、有明海や諫早湾が置かれている環境を見ると、実際はそう簡単なものではない。
•有明海の漁業環境悪化(貧酸素水塊発生や赤潮、底生生物の激減など)の原因は総合的な研究がなされていないので、何が原因かは特定できていないが、結論から言えば諫早湾干拓事業よりも他の要因のほうが圧倒的に大きいと考えられる。その悪化の要因と考えられる候補は、筑後大堰、熊本新港、海苔養殖業者の酸処理剤、佐賀県河川水質悪化などである。
•筑後大堰は九州一の大河である筑後川に洪水調整の治水と上水道・工業用水・農業用水等利水の目的で大堰を建設したものである。筑後川は有明海に注ぐ河川流水量の45%を占めている。(本明川は1.6%しかない。)このため大堰が造られたことにより有明海への栄養分の遮断、海流や流速などへの影響は本明川と比較にならないほど大きくなることは容易に想像できる。
•熊本新港については、有明海の海流を妨げるように約3kmに及ぶ防波堤を造られているが、有明海の主な海流の方向は反時計周りなので、当然に湾内の海流の流速低下等をもたらすため、海水の攪拌作用が弱くなることで貧酸素水塊が発生しやすくなり漁業被害の原因となる。
•ノリ養殖のそのものも海流を大きく妨げると言われており、同様の影響がある。また、ノリ養殖で使用される酸処理剤は劇薬であり、以前から使用後の海中投棄が行われていたと言われている。
•平成27年に有明海の魚介類の不漁はノリ養殖で使用される酸処理が原因であり、その使用を禁止しない国に対し福岡、熊本、佐賀、長崎の漁業者1000人が訴えを起こしている。酸処理剤の海中投棄を禁止する通達を出しているが、実際には投棄され続けており、これが貝類漁獲高減少を招いていると主張しているが、劇薬の酸を使用しており当然海洋環境の悪化につながるものである。その証拠に福岡県・熊本県で酸処理剤の使用が開始された昭和59年からはノリ養殖は順調に生産量が増加していくのに対し、貝類は激減している。結局、ノリ養殖業者は自ら招いた有明海の環境悪化を他者へ責任転嫁していることとなる。
•有明海の漁業環境の悪化は諫早湾干拓の潮受堤防が締め切られる十数年前から極端に始まっているが、それは筑後大堰や熊本新港、ノリ養殖業者の酸処理剤使用と機を一にしている。
•福岡等の漁業者は潮受堤防の開門を要求しているが、以前行われた短期の開門調査ではせっかく落ち着いた調整池内と諫早湾の生態系に大きな悪影響(BOD、COD値等が極端に悪化)を与え、その回復に数年間を要していることから、開門による相当な環境悪化が想定される。堤防の排水門は常時開けることを想定しておらず、その流速により破損や堤防の決壊も考えられる。農業への塩害やかんがい用水の確保、内部堤防の改修・増強などを行うためには少なくとも400億円以上の対策が必要である。以上のことから潮受堤防排水門の開門は現実的ではない。
•有明海の漁業環境の悪化の原因が諫早湾干拓事業であるとクローズアップされた背景には、マスメディアの報道によるところが最も大きいが、当時の政府や農林水産省も明確で理論的な反論はしていない。その背景には前述のように国や自治体が推し進めた筑後大堰や熊本新港などの大型事業(国土交通省と農林水産省関係)やノリ養殖業者の酸処理剤使用(農林水産省が推奨した)など様々な施策に問題があると露呈しかねないことがあり、当然そこには自民党や、当時の民主党の有力な国会議員も関係しており、諫早湾干拓事業をスケープゴートとして扱うほうが都合良かったはずである。その後も農林水産省も政府も正当な調査を行おうとせずに、漁業者や農業者の訴訟任せにしていることからも、長崎県の政治家よりも福岡県、佐賀県、熊本県の政治家のパワーがあったための結果とも言える。
•以上のように、諫早湾干拓事業が環境無視の無駄な公共事業の典型とまで言われていたことには、そのように祀り上げられた部分が相当あるということを知っておく必要があると思う。
有明海における魚介類が減少した時期は、有明海湾奥部の干拓事業の完成時期、熊本新港や筑後大堰などの大型公共事業やノリの酸処理剤使用開始時期と一致(長崎県HPより)